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LIFE IS STRANGE

人生も為替も山あり谷あり

不老不死の国へ

 

 

以前、ど田舎の実家に帰省しておりましたところ、

地方紙に県の予算についての記事が載っておりました。

 

 

詳しくまでは覚えていないのですが、

二つの分野においての予算案に関して衝撃を受けました。

 

 

・長寿で健康な体作り推進?的な費用 400億円⇨440億円

・教育に関する費用(タイトルは全く覚えてない) 200億円⇨240億円

 

 

まぁ大体40億円ずつくらい増加してるんだなぁとか、医療関連費用て結構かかってるんだよなぁとか、みれば誰でも感じることだと思うのですが、個人的に疑問に感じたのは「長寿」という言葉がタイトルに入ってることです。

 

 

 

え、この県はまだ「長寿」なんてものを推進してる?と驚きました。

 

 

 

小学生の頃、地域のお年寄りに対して手紙というかハガキというか、そういう感じのものを書かされ、送っていました。そこでの定番フレーズは「長生きしてください」というものでした。その時は今のような超高齢社会ではありませんでしたから仕方ないかもしれませんが、高齢化社会でしたからね。て、今も小学生たちは「長生きしてください」の定番フレーズは無意識に書かされていますよね。当然か。

 

 

 

 

「長生きをすること」ていうのは必ずしも良いことですか?

 

 

 

 

人類にとって不老不死というのは永遠のテーマみたいなものなのかな。

漫画等ではよくみかける気がします、決まって悪役が。

 

 

 

 

日本の平均寿命は世界1位です。アフリカ等の国々に比べるとダントツの高さです。少なからず日本国民にはこれが良いこと?自慢?に思ってる人がいると思いますが、本当にそうですかね。

 

 

 

 

 

高齢社会の問題点はいちいち書きませんが、自分が言いたいのはそこではなく、

人間はそこまで長生きして何が良いのか、ということです。

 

 

 

 

70、80歳にもなればもう体はそう思うようには動かなくなります。あちこち痛いところが出てきて、様々な病気にかかり、頻繁に病院に通わなくてはならなくなります。病院に行くことが日課?になります。それを若者の体のようにするような医学は今現在存在しません。

 

 

 

体がもう動かなくなり、誰かの介護が常に必要で、家族が誰なのかもうわからなくなり、自分が生きているのかどうかももうわからなくなっている、そんなレベルの人ってかなり多いように思います。

 

 

 

健康であることはよいことだと思うのです。健康的で元気で生活の多くのことは自分でこなせ、自立している。このレベルならば誰の手も煩わせません。

 

 

 

しかし、前述もしましたが問題なのはもう生活のほとんどが誰かの手によってしか成り立たなくなってしまった人です。

 

 

 

このような人のために身内だからといって、今は若者ですら自分の人生を棒に振っても介護をしなければならない人がいます。これは社会にとっても大きな損失です。

 

 

 

 

自分はそれなりの歳になって、誰かの手を煩わせるようになったらさっさと死にたいと思ってしまいます。まして、自分の子供なんかに介護をさせ、やりたいこともできないようにさせてしまったなら、親としての恥だと思ってしまいます。やはり、身内だからという義務に生きるのではなく、自分の人生を自由に生きて欲しい。

 

 

 

 

だから、日本は安楽死を個人の選択に委ねられるべきなんですね。

 

 

 

 

まぁそうすると、自殺願望がある人がどんどん死んでしまうなんていう人もいます。その場合は条件を設ければ良いのだと思います。重度の病気だとか、介護レベル、また年齢。家族の同意が必ずしも必要というのは疑問ですが。

 

 

そして、安楽死を専門にする機関を作り、一切の権限を委ね、高額な報酬を与えておけば良いのだと思います。

 

 

 

 

長生きをすれば良い、という社会は終わったと思うのです。

どんな理由があろうとも生きなければならない、ということが当たり前の世の中でそれは本当に正しいのか。

 

 

自分はもうだめだ、楽にしてくれ、といっても死なせてくれない国。寿命を全うすべきだ、という考え方には賛同しかねます。

 

 

 

しかし、安楽死に拒否感しかない日本で法整備が進むことはないとは思います。

 

 

 

今後どんどん死にたくても死ねない国へと進化を遂げいていきます。

不老不死の国へ。日本は世界で最もそのその方向に向かっていきたい国なのでしょうね。