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LIFE IS STRANGE

人生も為替も山あり谷あり

新年度の始まりはBOから

 

世の中は絶賛新年度開始中みたいですが、私はマイペースにニートをしております。

 

 

とか言いつつもいろいろすることは沢山あるのですが、

 

まぁ生き急いでも仕方ないですので、マイペースにマイペースに。

 

仕事を始めちゃうとしたいことになかなか時間をさけないものですからね。

 

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てことで、新年度初日のBOは3勝1敗でした。

 

BOの場合はドル円しかしないですし、15分取引なのでチャンスは多くないんですよね。

 

まぁこれが私のスタイルになりつつある。

 

1敗してしまったとこが痛いところ。

 

負けるようなところにエントリーしてしまってる。

 

 

BOにおいては基本デモはしません。

 

デモをしすぎるとリアルで勝てなくなります個人的に。

 

やはり緊張感がないから、

 

とりあえず今のスタイルで慣れるまでは少額エントリーですね。

 

 

100時間の残業で自殺はメンタルが弱いから?

 

 

さて、少し古い?ネタになってしまいますが、電通の新卒入社女性が100時間のため自殺したことで個人的?というか実際みんな思ってるんじゃない?ということを今更ながら書こうかと思います。

 

 

以前勤めていた会社に50歳くらいの仕事はできるが女好きの上司がおりました。

 

この上司の詳細はまた後日書こうと思います。

 

 

 

この上司が、100時間の残業で自殺なんてメンタルが弱いからだ、

なんて隣で言ったことに心底がっかりしたのを覚えています。

 

 

 

100時間の残業すげー!と思う会社員とはどのくらいいるのでしょうか、

いやいや、おれはもっとしてるよ、それくらい普通にいくよ、という方は実際多いのではないでしょうか。

 

 

実際自分もそれくらいはしていたように思います。

毎日5時間くらいやっちゃうとすぐいっちゃいますから。

幸い土日は休みというホワイト?な面がございましたから、まだマシかな。

 

 

ですが、残業時間が長い、なんてのは全くもって良いことでも誇れることでもなんでもなく、無駄で食ってる日本ならではもので、おかしなところです。

 

 

私の会社も無駄無駄無駄無駄dhふぁどgはhごgはおsん

なことばかりでしたから。

 

 

メディアも「100時間」を強調しすぎて、何だ100時間くらいで自殺か、なんて感情を煽ってんじゃねーよ、と思うのです。

 

 

どっかの教授?が100時間なんて大したことねーなんて言って謝罪してましたが、そこじゃないでしょ、あんた何してメシ食ってんの、と。。。

 

 

そもそもここでは残業時間の長さなんてどうでも良いのです。

 

問題はその裏にどんな仕事環境があるのかということではないですかね。

 

 

 

きっと彼女には凄まじいプレッシャーに責任を与えられていたと思いますよ。

 

 

 

とにかくね、この女好き上司もそうだけど、昔のおっさんたちってのは、仕事を任せるのが非常に雑なわりにすんごい重い責任のある仕事をほいほい任せてくる。

 

 

昔ほど単純ではない今の日本社会で昔ながらの仕事のさせた方をしてはいけません。

 

時代に合ってないのに、メンタル弱いてお前アホなのか、とそのダッサイ角刈りをど突いてやりたくなりました。

 

 

ふうぅ

 

 

 

雑に任せて、自分で必死に考えて、時には失敗して、鍛えられていくんだ、、、

なんて綺麗事言ってんじゃねーと思います。

 

 

そういう根性論とかはいりません。

私は中学時代、なぜか学校自体が体育会系で、文字で表すとしたら、「体罰と根性」

 

 

そんな環境で育っても、こういうのは全く必要性を感じず、精神論に頼らず、人を動かす効率的な方法があると思っています。

 

 

 

ほんとに雑すぎて時間の無駄なんですよ、無駄無駄無駄無駄だっほrhたんkdふぁいgdばい

 

 

 

最大手の電通ともなれば、プレッシャー、責任、その他いろいろ精神崩壊要素満載だと思います。

 

 

昔ながらの企業にはよくあるんですが、

鬼十則

なんてものが電通にはあり、こういうのがとにかく無駄無駄無駄無駄むふぁはrgはなsdgびうrgぼあだbgり

 

 

こういう気持ちを持ってやらないと電通では働いていけない、日本社会では働いていけない、とか言うんでしょうけど、それは無駄が多いからでは?

 

 

日本人は、

手で絞ったオレンジジュースと

機械で絞ったオレンジジュース

どちらが美味しかったですか?

 

て聞かれたら、

 

そりゃあ手で絞ったのに決まってる、だって気持ちがこもってるから、なんて答えるのです。

 

 

そんなもんどっちも変わるわけねーだろと思いますが、

そういう文化を仕事にも応用してる国なので無駄で面倒になるのです。

 

 

こうした方が効率的で、無駄がないだろう、と考えても、

それでは仁義を守っていない、だからあえて非効率、無駄を選ぶ。

 

 

その点において日本の商社とか最たるものですよ。(体験談)

 

 

 

 

残業時間100時間

根性上司からの責任の重い仕事

プライベートまでの仕事の侵食

 

上記を満たしたらもれなく鬱になれます。

 

 

ちゃんと土日は休ませてあげてたのですかねー

そういう点もちゃんとフォーカスしてほしいものです。

 

 

 

仕事とは、すべての人において、人生において最も重要なものということはありません。

プライベートを充実させるために過ぎない人まで人生を掛けなければならない仕事など、何の価値もないと思います。

それが例え超有名企業であっても。

 

 

 

東大を出て、有名企業に入った優秀な若者をくだらない古い日本文化で死なせてしまう日本てもうそろそろ変わらないといけないですよ。

 

 

おれたちの時代はこうだった、を若者に押し付ける上司は100%ダメ上司です。例え仕事ができたとしても。

 

 

 

 

元上司はおまけに風俗大好きクズだったからいうことなし( ´ ▽ ` )

 

 

 

 

 

 

大人の遊びとは一体何なのか

 

よく遊ばないと良い仕事はできない、とよく言われるのは私だけではないのだと思うのです。

 

 

くそまじめな人よりも遊んでるくらいの人の方が仕事ができるのだとか。

当たってるようで当たってないようで、まぁ正直どっちでもよいと思うのだが....

 

 

私は自分で言うのも何だが、真面目な人間だとは思う。

そしておっさんたちにはもっと遊べと言われるのだ。

 

 

正直そう言われるのが鬱陶しくてたまらんのです。

 

 

ただ、ここでの「遊び」というのは必ずといって良いほど、「女」が介在しているのだ。

 

 

そう、「大人の遊び」とは「女」遊びを意味している。

 

 

私は、キャバも風俗もそのへん全くといって良いほど好きではない。一生いかなくても損はしないと思うほどに。そして、風俗に至っては、行ったら男として終わりだとも思っている。いや、それは言い過ぎか。

 

 

そんなことして女とヤって、遊んで、何が楽しいのか。

 

 

男なら自分でそこらへんの女を捕まえろ。金払ってまでそんなことをするな。と思っている。

 

 

 

自分はナンパも一切しないのだが、どうしてもしたい人はナンパをすれば良い。ナンパは確率の問題だ。とことん声かければいつかは何かしらの相手をしてくれる人が現れるだろう。ルックスに難ありでも。折れない心さえあれば、数撃ちゃ当たる。

 

 

 

 

 

自分にとっての遊びは趣味をすることでありそれが十分「遊び」だと捉えている。

 

ランニングだとか、自転車だとか、登山だとか、私はそういうことをすることですでに十分遊んでいると思うのだが、日本のおっさんたちはそれを決して遊びとは捉えない。

 

 

「遊び」とは必ずといってよいほど、シモに走っている。

 

 

 

 

そういう遊びをしているやつの何が良いのかわからんが、

まぁそういう要素のあるやつを好む日本的ビジネス慣行は正直恥である。

 

 

人はそんなに強くない

 

人というものは本当に強くない生き物です。自分で想像するよりもずっと弱いです。日々、様々なことが起こり一喜一憂するのです。そして、時には非常に傷つき、落ち込み、心身ともに弱り果てる時が人には必ずあります。自分がそうなったことも、周りの人がそのような状況になったのを目にしたことがきっとあるでしょう。

 

 

ここでもしあなたの友人が非常に弱っている状況にあります。友人でも良いですし、家族の誰かでも良いです。身近な誰かがそのような状況になっている時にあなたはどのように対応しますか?

 

 

もしそれが自分にとってはどうでも良いことで悩んでいたならば自分だったらこうできるのになぜ自分のようにできないのか、と思うことがあるかもしれません。

 

そしてその人に説教をするつもりはなくとも、そのことを言ってやろうと指摘してしまうこともあるかもしれません。

 

 

ですが、その人は大変弱っている状況にあるのです。

 

そのような状況にある時、あなたであれば、そのような厳しいことを言われてしまえばどうなるでしょうか。

 

 

私であれば追い打ちをかけられたようにさらに弱り果ててしまうと思います。

 

なぜならそのような経験をしたことがあるからです。

 

 

 

人はそんなに強くはありません。

つらい時に追い打ちをかけるような一言なんて言ってほしくなんてありません。

多くの人は自分の何がいけないかわかっていることが多いと思います。でもどうすることもできない時があるのです。

 

 

だから、こうすべきだ、ああしたらいいだけだ、と思いつくことがあったとしても、

言ってしまえば実はそれは非常に「余計な一言」なのです。

 

 

そして必ずそれは人を傷つけます。

 

 

 

 

 

人は誰でも弱ってしまう時があり、それは悪い事でもなんでもなく当たり前のことです。自分だってなるし、身近な人も当然なります。

 

 

その時に、あなたにはその人にとっての「最低な人」になってほしくないです。

 

 

言ってやりたいことがあってもそれをグッと堪えることも優しさです。だれしも身近な人にまで追い詰められたくはありません。ただただ話を聞いて少なからず肯定してあげましょう。

 

 

 

 

 

子供のなりたい仕事がYouTuberなんて良いことだと思うんだが

 

 

 

ある小学校ではなりたい将来の職業としてYouTuberが上位に挙がった。どっかの新聞でも将来なりたい職業のアンケート結果が掲載されていたが、そこでは従来となんら変わらない職業が並んでいた。サッカー選手、パティシエ等、子供なら誰もが夢見るであろう仕事。これといって変わっていない。むしろこのアンケートをとる意味があるのかというくらい変わりようがなかった。しかし、ある記事ではYouTuberに憧れを抱いている子供たちが多くいるようだった。この結果に眉をひそめる世代がいる。YouTuberに批判的な立場にいる人は、汗水垂らして、やりたくないこともやって、残業してなんぼや!な働き方をしてきた人たちだろう。このような人たちからすると、自分の好きなことで生きていこう、とする人たちは理解できない。若者の勤労意欲を削ぐ、という声も聞いた事がある。子供たちがなぜ憧れるかというと、生き生きしているからだろう。楽しそうに自分のやり方で自分を動画に表現する。夢があるからこそ子供は憧れる。子供に夢を与えているYouTuberは列記とした職業の一つ。今後の働き方が変わる一つの変化なのではないか。従来の働き方を善とし、それを今後将来のある子供に押し付けようとする大人がいることに残念さを感じる。YouTuberになりたいと答えた子供たちが今後日本のそういう雰囲気に押し潰されていかない事を祈るばかりだ。

 

 

 

 

今の若者は大変ですね、が言えない大人

 

 

大学生の時、カフェバーのようなところで働いていた時、50代くらいのサラリーマン風男性が来客した。接客をある程度の期間していれば、学生とは言え、なんとなくでもその人の人となりがわかる。その人は店員に対しても腰が低く感じの良い人だ。この年代ではあまり見かけない人だ。席に案内して、その人はコーヒーとケーキを注文した。自分はカウンターに立っていたのだが、食べ終わるとこちらに来て、一杯飲みたいと言った。経験上、この手の人(年代)はとりあえず話を聞いて、相槌をついていればとにかく上機嫌になる。と思い、話を聞くことにした。するとこの人の低姿勢は変わらない。どちらかというと話を聞いてくれる。たかが学生の話を。何か意見を求めてみると、大概の大人は自慢から入り、どれだけ自分たちの時代は大変だったか、だから君もこうすべきだ、と押し付けてくるのだが、その人は自慢もしない、意見やアドバイスは言っても押し付けてこない。この人には人として魅力を感じ、珍しくもっと話が聞きたいと思った。人の学歴等には興味がないのだが、この人の話には自慢がなく、全く推測もできない。訪ねてみたところ、誰もが知る企業で、最高学府卒だという。たまたまその時自分が就活中であったため、その話もしていた。その人は、「今の若者は本当に大変ですね、私たちの頃はここまでではなかった」と。誰しも自分たちの年代が一番大変だったと言いたいもの。しかし、戦中ではないならばどの年代も性質の違う大変さがある。それは比べようがない。真に、教養のある人とはこういう人のことを言うのだな。

 

 

 

何をもってしてトップリーダーなのか

 

 

東京都は確かに世界でもトップクラスの経済都市です。

都市名目GDPもニューヨークを超えて世界1位。

 

うーむ、まぁここの一応トップである、舛添さんは確かにトップリーダーに形上はなりますが、国民とか都民が思うトップリーダーかどうかはまた別ですよね。

 

選挙で選ばれて世界1位の都市のリーダーなんだから私はトップリーダーである。

確かに間違ってはいません。

 

ですが、多くの人は疑問に思うトップリーダーであることは間違いないわけです。

 

 

 

仕事としての政治家

 

 別に舛添さんは慈善事業をしているわけではないでしょう。金というか給料のために働いてもいるんです。政治家はボランティアではありません。

 

政治家で、本気で国を県を市をよくしたい、そのためだけにおれはいる、なんて考えて活動している政治家はまずいません。個人の名声のため、給料のため、です。何かのため、となるとやる気も違いますしね。

 

アホな国民のために批判されながらもインテリジェンスな部分を俺たちは担ってるんだ、それくらいの給料や贅沢はして良いだろう、というのが政治家、舛添さんの本音です。

 

 

 

 

一応税金という意識を

 

多くの政治家は資産家でもあります。資産運用もちゃんとしているでしょう。

 

政治家には政治家にしかわからないしきたりというか、慣習のようなものがあります。ある程度の豪遊をしないと政界においてはプライドや品位を守れないのでしょう。

 

世界一貧しい?大統領が脚光を浴びましたが、それはお国柄であって、日本ではそのような政治家はまず成り立たないです。国民に支持されるだけでは政界ではやっていけません。政界でも支持を得るには、品位というか見栄というのも必要なのです。

 

まぁでも、政治家のバックグラウンドが気になり、それでその人の良し悪しを決める日本人の国民性でもありますから。

 

ですが、給料や旅費、政治活動で必要な資金は全て税金で賄われています。民間企業ならどんだけ豪遊しても批判はこないでしょう。

 

政治家にまず庶民感覚とは育ちませんが、名目上は、節約意識を持った行動をした方が良いでしょうね。

 

せめて、ビジネスで止めてほしい。1泊2、3万でも十分じゃない?タダだし。てのが庶民の感覚です。

 

 

 

 

 

名目トップリーダーと実質トップリーダー

 

 

 品位を求める舛添さんと、変革を求める橋本さん、なんだか対局的だ(個人的に)

おれはエリートとしてやってきてそれなりに実績もあるし、これくらい良いじゃん。というのがメディアのせいで全面に押し出されちゃった感があります。橋本さんのように必死感もありません。

 

都知事になって間もないので、まだ何かをやり遂げた、とは言えませんが、出鼻をくじかれましたね。

 

今の状況で、政界やそれに通じる人がいくら舛添さんを擁護しても、国民や都民には優秀かどうかはわかりません。この人すごいかすごくないかを見分ける基準は何も知らない人でもすごいとわかるかどうかでしょう。わかる人にしかわからないような人は果たしてトップリーダーなのか。

 

 

私は(名目)トップリーダーだ。としか聞こえてこないのは私だけかな。